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第9回星空宇宙天文検定を受けた [その他]

去年、天文宇宙検定の2級と3級を受験し両方合格できた
3級は成績優秀ということで御褒美に双眼鏡を頂戴した。同日に4級を受験したウチの娘も無事合格した。
今年は星空宇宙天文検定を受験した。
天文宇宙検定と星空宇宙検定は名前が似ていて出題範囲も被っているところもあるが、主催者以外にも違いある。

天文宇宙検定は天文学に関する知識を問う検定で、実益に直接繋がるようなものではない。
解答は4択マークシート式で、年1回、全国5か所で開催される。
例年、時間内に全てを答えきれない人がいるらしいほどの問題量で、私も見直しの途中で時間切れになった。

星空宇宙検定は星空に関する知識を問う検定で、これも趣味性の強いものだ。
解答は記述式で、年2回、東京都三鷹市で開催される。
星座の名前や位置、恒星の固有名やメシエ天体の番号と愛称、位置や種類等を覚えていないと高得点は難しい。

天文宇宙検定は4~1級、星空宇宙検定は5~1級に分かれていて、どちらも得点で級が決まるのではなく、級別に受験して所定の点数に達していれば、その級に合格となる(天文検定の1級は今年から得点によって1級と準1級に分かれるらしい)。
どの級からでも受験でき、連続した二つの級を受験できるが、1級は2級合格者でなければ受験できない。
本や公式サイトで過去の問題が解説付きで公開されているので、自分の今のレベルを確認することができる。
天文宇宙検定は公式テキストも出ており、これは受験する気がなくても天文学を広く学ぶのによい本だと思う。

4択マークシート式ならうろ覚えでも25%の確率で正解できそうだが、記述式はうろ覚えでは解答すらできない問題も出てくる。去年は天体の名前などほとんど覚えていなかったので、天文宇宙検定を受験することにした。
今年の夏になっても、相変わらず天体の名前は覚えられずにいたが、自信がないと逃げ続けていても埒が明かないので、自分に発破をかけるためにも2級と3級の受験申し込みをした。

試験勉強では過去問を何回か解き、自分の苦手を確認し、それを克服することにした。これは天文宇宙検定を受験するときにも行った方法だ。
自分の苦手はやはりメシエ天体だったので、比較的有名な天体に絞って覚えることにし、自分で星座盤にメシエ番号と種類がわかるように書き込んでいった。
星座に関する神話も苦手だが、覚えている範囲の問題ができることを祈って、試験に臨んだ。

勉強の甲斐あってか、3級は開始から10分弱で、2級は20分程度で解答と見直しができた。前日になんとなく過去の1級の問題と解説を見たのも役に立った。
後日の自己採点では十分に合格できる内容だったが、2級の受験した頃の土星の輪の見え方を問う問題を、思い込みで間違えていた。8月中に何度も望遠鏡で土星の輪を見ていたのに間違えたのがとても悔しい。

受験から10日もしないで点数の連絡がきた。3級は100点、2級は96点だった。
ウチの娘も同日に5級を受験して合格した。4級相当の実力はあると思っているが、段階を踏んで学んでほしく、また、4級を同時に受ける集中力もないと考え、5級のみの受験とした。今年は娘の付き合いで妻も5級を受験し、満点合格だった。
申し込みの際、別々に申し込んだのに、まとめて割り引いてくれた事務局にも感謝したい。

今度は星空案内人の資格を取るつもりだ。資格と言っても公的なものではないのだが、意外と人気があるようだ。
何回か講義を受ける必要があるが、受講したくてもすぐに定員になって締め切られたり、抽選になったりすることも多いらしい。

第4回天文宇宙検定の結果 [その他]

10月に受けた天文宇宙検定の結果が届いた。

天文宇宙検定 合格証書m.JPG

一緒に受けた娘も4級に無事合格。
ホッとした。

第4回天文宇宙検定を受けた [その他]

2012年の金環日食を見てから宇宙への興味が子供の時以来再燃し、星空の写真を取るようにもなった。
天文に関する知識や情報を得るために本やネットを見て回るうちに、天文に関する検定があることを知った。

私が知ったのは「星空宇宙天文検定」と「天文宇宙検定」、「星空案内人(星のソムリエ)」の3つ。
検定の趣旨はどれも良いのだが、星空宇宙天文検定には記述式の問題があり、星空案内人は指定講座の受講が必修なので、問題が全て4択で受験に特別な条件がない*天文宇宙検定を受けてみることにした。
(*1級は2級合格者のみ受験可)

過去の問題と解答が公開されているのでざっと見てみたところ、3級はなんとかなりそうで、2級は厳しそうに思えた。
ウチの娘(小3)も星空に興味を持っているので、娘は4級、私は3級と2級を受けることにした。

公式テキストと問題集で予習をしたところ、試験直前では娘のほうの正解率が高かった。

そして迎えた試験日。
試験会場となった大学構内の雰囲気もよく、試験開始まではリラックスできた。
いざ始まると、最初はマークシートを塗りつぶす手が震えるほど緊張してしまったが、四分の一ほど記入したところで緊張も少し緩んだ。

試験を終えた娘は得意分野の出題が少なく、自信が無いようだった。
私は3級には手応えを感じたが、2級は合格ラインギリギリ(不合格寄り)に思えた。
正式な解答が出る前の自己採点で、3級は97点、2級は86点。
当てずっぽうで正解した問題もあったが、問題の読み間違えでハズした問題もあり、もう少し見直す余裕があればと、悔いが残った。。
自己採点に間違いがなければどちらも合格だが、2級は自己採点にも自信がない状態。

合否発表は11月末。
娘も私も受かっていてほしい。

次はラブジョイ彗星 [その他]

期待の大きかったアイソン彗星は残念な結果になってしまった。
一方、あまり話題になっていなかったラブジョイ彗星が明るくなってきているらしい。
ラブジョイというと、木村由姫で浅倉大介プロデュースなのかと…

不安を少しだけ解消 [その他]

3月下旬に家族で旅行に行く予定があった。
旅行自体に震災の影響はないはずだったが、強い余震も続く中、妻が数日家を離れるのは不安だと言った。せっかくの旅行に不安を抱えたまま行くのも良くないので、旅行はキャンセルすることにした。
この旅行、当初は岩手に行く案もあり、駐車場のスロープが崩れたスーパーの件も合わせて考えると、被害に合わなかったのも紙一重の差だったと思えた。

キャンセルしたことで戻ってきたお金は募金することにした。
募金は、マスコミの注目を集めなかったためか支援があまりされていないらしい、長野県栄村に対しても行った。

募金をしたことで地震酔いの症状が少し楽なったような気がする。

震災後に思ったことなど [その他]

震災後の土日は地震によって散らかった部屋の片付けや、子供と公園に行って遊ぶなどして暢気に過ごした。

震災後の最初の出勤日、余震や余震への不安のためか熟睡できなまま、いつもよりも早く起きた。
近所のガソリンスタンドでは長蛇の列ができており、よそのスタンドでも同様の事態となっているのは容易に想像できた。一時的な供給不足であると思えたが、いつ元通りになるかはわからなかったので、バスと電車で出勤しようと考えた。勤め先まで車では20分程度で着くが、バスと電車では順調に行っても最低1時間はかかるだろう。
しかし、ニュースでは計画停電に備えて鉄道各社で運休や運行本数の削減を伝えていて、私の勤め先まで電車で出勤することは不可能であることがわかり、ウチで最も燃費の良いバイクで出勤することにした。

職場に着くと、当然ながら家が近くのものしか来られず、ほとんど仕事はできなかった。
結局数人で施設の点検をした後は、震災関連の情報を得るためとして、事務室で音量を最小限に絞ったテレビを見ながら仕事をしていた。
できるだけの仕事を片付けた後、信号や街頭が消えた暗い道を帰ることを避けるために、自宅周辺の計画停電が実施される前に早退することにした。
帰る途中、何箇所かの交差点でテレビカメラを構えたグループが見られ、計画停電で信号が消える瞬間を待ち構えているのだと思った。不安を煽ったり被災者の暴挙の事も思うと、マスコミも停電にもっと積極的に協力すべきでないかと思えた。

この日から家も職場も停電に振り回されることとなったが、職場のある地域は計画停電の対象区域から外れた。停電の仕事への影響はなくなったが、節電に協力するために空調は止まり、照明もこまめに消すようになった。

節約や省エネは便利さをどれだけ放棄するかに掛かってくると思う。
ガソリンを節約するためになるべく自転車で通勤することにした。私は暗い道でも他者に気付いてもらえる確率を上げるために派手な色の服を着るようにしているが、夜でも黒ずくめのウェアでジョギングやウォーキングをしている人がいて怖い。奴らは忍者の末裔なのか!と皮肉りたくもなる。
自転車通勤では放射性物質より花粉の方が脅威だ。
最近は地震酔いなのか、時々ゆっくり揺れてるような気がして、気分が悪くなことがある。

募金もすることにした。
まずはソネットのポイントを寄付することにしたが、数百ポイントしかなかったので、現金での振込もすることにした。
今確実にできることはこのぐらいだろうから。

我が家の地震の影響 [その他]

地震発生時、私は職場で報告書の作成中だった。揺れ始めは気のせいかと思ったが、しばらくして大きな地震が来たと思った。しかし、殆どの人がそうであったと思うが、今回のような大きな被害あるとはまだ考えもしなかった。

妻はこの時、娘を幼稚園にまで迎えに行っていたので、揺れが収まった後一緒に帰宅した。地震発生直後に一帯は停電していたが、まもなく復旧すると思っていたらしい。家ではガスも止まっていたが、幸いなことに水道は使えたという。家の中の被害は、一部屋を除いて殆ど無かった。その一部屋も高いラックが倒れ中のBD・DVDやCDが散乱したぐらいで、さほど深刻なものではなかった。
近所のコンビニではお菓子ぐらいしか食べ物が残ってなかったという。

その後も大きな揺れが続き、私の職場では家族と連絡が取れずに不安がる人が出てきたが、私はauのcメールでかろうじて妻との連絡をとることだできた。市内の防災放送では停電が起きていると言っていたが、職場の周辺では停電はなかったようだ。内線は使えるが外線は繋がらないことが多く、仕事に支障の出る部署もあった。上司の黙認状態でテレビを皆で見ながら出来る範囲で仕事を続け、津波などの被害の状況を徐々に知る事になった。
実家が東北にある職員もいるが、多くの職員は親類の無事は確認ができたらしい。
仕事状況に応じて早退の許可も出たが、電車はほとんどが止まっていて、暫く様子見を続けることにする職員が多かった。しかし時間が経っても事態が良くなる見込みはなかった。

私はこの日、帰りに少し遠回りをして倉庫型の大型スーパーに寄るつもりでいた。ホワイトデーのお返しに使う巨大なケーキを買いたかったからだ。しかしニュースでそのスーパーの駐車場の出入りに使うスロープが崩れているのが映された。構造上の問題があったのではないだろうか。店内も相当混乱していることが予想され、このスーパーは当分営業できないだろう。

私は車で帰るか歩いて帰るかを迷っていた。自宅周辺の停電は続いていて信号も働かないので渋滞していることが予想された。歩きでも2時間ぐらいで帰れる見込みだが、燃料さえあれば車で暖を取ったり携帯の充電等もできるので、車で帰ることにした。車の流れは途中まではスムーズだったが、停電している一帯に入ると予想通り渋滞していた。自分もその渋滞の要因の一つであり、後悔したが遅かった。途中にあるガソリンスタンドは周りが真っ暗ななか灯りがあり、営業していたのが不思議に思えた。自前の発電設備でもあったのだろうか。
帰りの車の中でラジオを聞いていると、あのスロープでは二人が取り残されていると言っていた。後日、この二人のうち一人が亡くなった事を知った。

いつもなら職場から家まで20分ぐらいだが、この日は3時間ぐらいかかった。家も停電していて何も出来ないが、家族が揃うことの安心感は大きい。カセットコンロを使えば調理はできるが、カップ麺などは備蓄として手を付けないことにして、私はお菓子1個で糖分を補給した後、そのまま寝ることにした。

余震もあり、ウトウトする程度でなかなか寝付けなかったが、気がつくと外が明るくなっていることに気付いた。時計を見ると真夜中なので外を確認しに行くと街灯が付いていて電気が復旧したことがわかった。家中の様子を見ながらブレーカーを戻し、家の見回りをした後寝ることにした。

早朝、私の両親から電話があった。何度も電話したが通じかなったらしい。両親の住む辺りでも大きな地震があったが、お互いの無事を確認できた。
太陽も出て明るくなったのでガスメーターを見てガスを復旧させてみた。特に問題なかったので、朝食後風呂に入ることにした。
近所の様子見を兼ねて近所のスーパーに行くといつもと殆ど変わらない様子でホッとした。今のところ我が家の周辺では大きな混乱はないようだ。

蕁麻疹 [その他]

蕁麻疹には色々種類があるらしく、私はふたつの蕁麻疹が出たことがある。

ひとつは皮膚を強く引っかいたり圧迫したりすると出る機械性蕁麻疹とか物理性蕁麻疹とかいうやつで、2年ほど薬を飲み続けることでほぼ治ったが、たまに体調が悪いときに出ることがある。
薬を飲んでいる間は花粉症が少し楽になってラッキーだった。

もうひとつは汗をかいたときに生じる蕁麻疹だった。
学生時代にはまったく運動をせず、社会人になって体育会のノリのところでテニスをするようになり、夏の炎天下で大量に汗をかくと身体中が痒くなるようになった。汗疹かと思って市販の薬を使っていたが改善せず、皮膚科に行って汗による蕁麻疹といわれ、塗り薬で半年ほどで治った。

私も自分がなるまでは存在を知らなかったし、汗で蕁麻疹が出ることがあるというと驚かれることがある。
そして、この蕁麻疹の名前を言うとほぼ間違いなく笑われる。コリン性蕁麻疹というと。
コリン星じゃないから、コリン星人マシンじゃないから、
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